休業となっていたみどり荘を、自分なりに復活させてみようと思ったきっかけとなったのがこの写真だ。この写真が撮影されたのは昭和40年代。1960年代後期の頃。
平屋の海の家。松林に囲まれ海を望み、簾を垂らし、涼をとり(やっぱところ天とか素麺とかかなあ?)、夏を楽しんでいる様子がわかる。正に、良き日本の夏。なんて美しいのだろう。そうこれが、ここみどり荘。この写真に胸を打たれた。
当時、奈多海岸は夏場、なんと1日1万人、一夏に30万人が訪れる大分県一の海水浴場だったそうだ。ビーチでは、ビキニコンテスト、くろんぼコンテスト、ライブ演奏(グループ・サウンズ全盛期)、花火大会が行われ、松林の中も出店で埋まって、そりゃあ大賑わいだったと地元のおじいちゃん、おばあちゃんから聞いた。
この頃のみどり荘は奈多海岸でも有名な海の家。その後、2階も増築されて民宿として大繁盛していたそうだ。なんでも、広間にはジュークボックスを置いてみんなで踊り明かしたとか。なんとユーミンも来たりしていたと!
この辺のおじいちゃん、おばあちゃんはみんなみどり荘の事を知っていて、大盛り上がりしていた頃の話を懐かしく思い出し嬉しそうに目を細めて教えてくれる。
時が経って現在。奈多海岸に昔のような人混みは全くない。高齢化、少子化、過疎化、そして海水浴離れ。この綺麗な海と砂浜には静かな時と潮騒だけが流れている。
ある意味、静かな浜が好きな僕らにはたまらなく嬉しい。
でも、このままでは地域が廃れてしまうのが目に見えているのが現状で、どうにかして持続できるような場所となるようになんとか努力しないといけない。この象徴的な日本の夏の景観を次世代に残したいと思ってしまうのです。その価値がある場所だと思うのです。1日1万人は来て欲しくないのだけど。。。
海に佇む八幡奈多宮は何も言わず、今日も時の移ろいを見守っている。